もっとも力を入れたい陳列台を女性向け商品のそばに置くことになる。
しかし、われわれがデータを集めるまで、誰もたしかなことはわからないでいたのだ。
30代の女性で、黄色いパンツに白いセーター姿、就学前の女の子を連れている。
水曜日の午前10時37分、彼女がスーパーマーケットのヘルス&ビューティのコーナーにやってきた。
また別の例で、小規模な小売りの相互作用を詳細に調査することもある。
そのようなプロジェクトの一つで、高級シャンプーのメーカーから依頼されて、女性客がノーブランドやストアブランドの美容製品を選ぶ決断のプロセスを調べることになった。
クライアントは、女性が買い物のたびにもちこむ「価値の方程式」に興味をもっていた。
午前中にスーパーマーケットのストアブランド売場で買い物をして、午後にN百貨店で買い物をする女性は、どの製品をどこで買うかを、どのように決めているのだろうか?彼女の肌は高級ブランドに値するが、髪はストアブランドで十分なのか?その昔は、低価格を優先する人びとだけが買ったストアブランドを、いまどきは誰もがカゴに入れている。
ここで買い物客24番の女性を見てみよう。
売り場に入ってきてから49秒後のことだ。ショッピングカートではなく、カゴを手にさげ、なかにはすでにストアブランドのビタミンCのカプセル、Jベビーパウダーの大容器、写真現像ブースで受け取ったばかりのスナップ写真のプリントが入っている。
彼女の手には買い物リストと広告のちらしも握られている。
彼女はシャンプーの棚に直行すると、Pのボトルを取って前面のラベルを読み、それからストアブランドのボトルをつかんでラベルを読んだ。
それから、Pの値札を調べ、ストアブランドの値札を調べたうえで、ストアブランドをカゴに入れてでていった。
この短い遭遇のなかに、集めるべきデータが山ほどある。
彼女が何に触れ、何をどの順番で読んだかなど、しめて25あまりのデータ・ポイント。
この店のへルス&ビューティのコーナーで100人の客をトラックすれば、2500ものデータが集まる。
また、この女性が売り場をでていくところを引きとめて、合計20の質問をした。
つまり25のデータ・ポイントを20の回答とひとつひとつ突きあわせなければならない。
これはかなりの難事である。
私の知るかぎり、ショッピング環境での行動について、それに匹敵するような研究に手をつけた大学はどこにもない。
アカデミズムの世界に身をおく旧友は、われわれを羨望と恐怖の目で見ている。
羨望はわれわれがやっていることと、それで報酬を得ていること、恐怖はわれわれがわざわざ危険をおかして、成功するにせよ失敗するにせよ自分たちがする提案に責任をもっているからだ。
この仕事を始めてかれこれ20年になる現在、わが社の顧客リストには超一流企業が名をつらねており、ときに失敗があっても、クライアントの4分の3はリピーターである。
私はショッピングの科学に自分がかかわることになった「偶然」を重視している。
20年以上も前のことだが、学生だった私は、この国を代表する社会学者Wに傾倒していた。
「S」「T」「C」といった非常に影響力のあった書物の著者である。
彼はまた、1970年代初めの「S・プロジェクト」や、1974年にF・KおよびR・Cと共同で行なった「公共空間のためのプロジェクト(PPS)」の発案者でもあった。
私も2年間参加したPPSは、現在もニューヨーク市を拠点として、都市景観の保護と改善に大きく貢献しつづけている。
W、通称「H」がもっともさかんに活動していたころ、彼はいささか型破りな愛すべき人物だった。
グレーの髪と古風で保守的な銀行マンを思わせる貴族的な雰囲気をただよわせながら、ニューヨークの街路と恋におち、どうすれば人びとがそこで暮らしやすくなるかを解明すべくひたむきに研究した。
Wの最大の業績は、人びとがどのようにして、街路や公園、広場などの公共の空間を使うかに関する研究だった。
微速度撮影や覆面トラッカー、インタビューを利用して、彼と仲間たちは都会の広場やミニパークなどに張りこみ、いわば1秒1分ごとを、数日間にわたって調査した。
Wらは、すべてを調査した。
腰をかけるのにちょうどよい柵の幅、日当たりや日陰や風が公園の利用におよぼす影響、周辺のオフィスビルや建設現場や学校や住宅が公共の空間の質をどのように決定するかなど。
Wは本質的に街頭の科学者だった。
つまり、この分野にもっとも早く着手した一人だ。
彼が登場する前にどれほど長いあいだ街路が存在したかを考えると、これは驚くべきことだ。
Wの研究は、公共の空間を改善して市民により使いやすくするために利用され、それがまた都市を改善するのに役立った。
Wの方法は一種のレンズであって、それをとおして物理的な環境を研究し、改善することができたのだ。
そして、私のショッピングの科学は、彼の方法論とPPSでの経験に多くを負っている。
1977年当時、私はニューヨーク市立大学の非常勤講師として、環境心理学科の学生にフィールドワークの技術を教えていた。
さらに、私はマンハッタンのダウンタウンにあるIというバーを共同で所有していた。
そこの客で友人に、リンカン・センターの看板や掲示をデザインした人物がいた。
リンカン・センターはメトロポリタン・オペラハウス、ニューヨーク・ステート・シアター、エイヴリー・フィッシャー・ホールなどを擁するパフォーミング・アートのための一大複合施設である。
友人の話によれば、状況と、人の流れのパターンを調査できる人材を探しているとのことだった。
当時、地下コンコースには小さいギフトショップがあったが、リンカン・センターはもっと大きい店をだしてもやっていけるかどうかを知りたがっていた。
友人の口ききで、私がその仕事を手に入れた。
私は学生を集め、カメラを数台かかえて、観察スポットに繰りだし、通る人の数を調べ、地図の作成にとりかかった。
混雑するかどうかの問題について答えをだすのは簡単だった。
われわれは建設しようとする店と同じ広さをロープで囲い、もっとも混雑する時間帯に行き交う通行人を観察し、フィルムにおさめた。
まずは店が歩行者の通行の邪魔にならないかどうかを調べる必要があった。
調査を開始してから4週間後に報告書を提出したところ、リンカン・センターの理事会は地下コンコースに複合商業施設と案内所を建設することを承認した。
これは今日も繁盛している。
リンカン・センターは私の提案をほぼそのまま採用した。
助言の一つに、リンカン・センターを訪れる高齢者のために、コンコースにベンチを置くことがあった。
クライアントは当初、この提案の採用を渋ったが、半年もしないうちに、高齢者からの不満に答えるかたちでベンチが設置された。
また、私は女子用トイレを倍の広さにするよう強くすすめたが、リンカン・センターを運営する男たちはその意見を採用しようとしなかった。
20年たった現在、混雑時の女子トイレの行列はドアの外までつづいている。
みっともよい眺めではない。
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